続いて「風水」そのものとは関係がないかもしれませんが、神社、お寺、お墓などの話についても書いておこうと思います。最近オンライン講座の受講生からもこの手のご相談が増えています。おそらく、高齢化が進んで「墓じまい」(永代供養)を考える人、亡くなられた高齢のご両親の遺言に従って、海洋散骨や樹木葬を検討する方がかなり増えてきているようです。

先日のオンライン講座にて、その生徒さんのお宅(戸建)に「神棚」が無いというお話を聞いて大変驚きました。狭いマンション等の賃貸物件住まいならまだしも、広い戸建住宅で「神棚」が無いというのは、よほど霊的な事柄に無頓着なんだろうと思わざるをえない。「占い」という目に見えない事柄を学んでいながら、意外と同じように目には見えない「霊的な世界」の事柄に対して無頓着な人がけっこう多いのではないでしょうか。
「神棚」の役割と正しい設置方法
改めて「神棚」とはどのような目的で設置するのか、どのような効果を期待できるのか、どのように設置・運用するのが正しい方法なのか?について書いておきましょう。
「神棚」にお納め(お祀り)する中心(主体)は、それぞれの神社で頂いてきた「御神札」です。
人間の肉の目には「お札」は紙切れや木片にしか見えないでしょうが、これらにはその神様たちの分霊(わけみたま)、いわば霊的な息吹(霊的な印章=マーキング)が宿っています。それを分けて頂いて家庭(各家)に御安置するわけです。

神社に居られる神様は、日の出と共に天(神界)から降りて来られて、日が沈む頃には天に帰られます。なので、夕方や夜の神社には神様は基本居られません。むしろ良くない不浄霊が境内にたむろしているので危険です(参拝は日の出~14時ぐらいまでにしましょう)というお話は以前にもどこかで書いたかと思います。
そして、地上の世界においては、神様は「横移動」ができません。召霊(勧請)された本殿や「依り代」が安置されているお宮に、天から垂直に降りてきて下さいますが、地上を水平方向へ街中あちこち移動はできないのです。
たとえば、御神輿というのは、それを可能とするための人工的な乗り物(分霊をお運びする神具)なのです。
例えば、東国関東にある鹿島神宮のご祭神である「武甕槌大神」(たけみかづちのおおかみ)は、日本神話の国造りや建国に関わった最強の「武神」であり、強力な「厄祓い」の神様ですが、この神様を西国(近畿)にもお招き&お祀りしようとして創設されたのが有名な奈良公園にある「春日大社」です。
このお招きの際にも、神様は地上世界を横に水平移動しませんので、鹿島大神の御使い(ご眷属)である「神鹿」に御神体(依り代)を背負わせて運搬させ、はるばる東国から西国まで勧請したわけです。

このように、通常であれば、各人のいるご家庭(住居内)に、神様が横移動してご訪問・お宿りすることは不可能です。
しかし、分霊としての「御神札」を神棚にお祀りしているならば、それを依り代(霊的な目印)として、各家庭を見守りつつ、必要に応じてそこまで赴く(出張する)ことが可能となるのです。
古来より日本人はそのようにして、自分が住んでいる土地全体を管轄・守護している神様(産土神もしくは氏神様)を各家庭に勧請(召霊)するために、神棚を設けてお祀りしていたのです。
今やそうしたご神事に関する霊的な意味合いを理解している日本人がとても少なくなりました。なので、平気で神棚が無い、仏壇が無い、先祖の墓もどこにあるのか分からないという家庭が増えているのでしょう。

ちなみに、神棚についてはどんなものでも構いません。巨大で豪華なお宮造りの神棚である必要は無いです。
最近はシンプルな「モダン神棚」という洋風部屋にも合いやすいものが販売されています。アパート等の賃貸でも、ニトリなどで売っているちょっとしたL字壁掛けラック(木棚)に、こうした小さめのモダン神棚を置くだけならば十分設置可能です。
神棚へのお供え物については、細かな作法を言い出したらキリがないので最低限でも構わないと思います。必須なのは「日本酒」「塩」「白米」の3品目です。これらを通常は月2回(1日と15日)に交換するというのが基本形です。
毎日まめに交換できる方はこれに「お水」が4品目として加わります。両側に「榊の葉」を備えたりというのはオプションで構いません。
「お米」をなぜ捧げるかというと、神様(お天道様)の恩恵によって稲穂の豊かな実りが与えられ命が支えられていることへの感謝の現われです。自然の恵みを代表する形で、その年に収穫された「白米」を感謝として返礼奉納するのです。
「日本酒」も同じです。日本酒の原料は「白米」です。それを精製して濾過したエキス(エッセンス)が純米吟醸酒なのです。いわば「お米の精髄」を抽出したものが日本酒です。
まず「恵みへの感謝」として神様に最もよい収穫物である白米と酒を捧げて、それを神棚で清めてもらって「ご神気」を宿したものが「御神酒」「御神塩」になります。
なので、お供えした後の「塩」「米」などはご神気を宿した神聖なものとして活用できます。「塩」は入浴時に入れてもいいし、お清め塩として携帯してもよいでしょう。

御神札を置く配置順は決まっており、中央に「天照大御神」(伊勢神宮の主催神)の御神札(神宮大麻)を置きます。これは日本国と国民全体の守護者が「伊勢神宮の天照大御神」であるからです。それに敬意を示して中央にお納めします。
「神宮大麻」は大きな神社(各県の一之宮)では年中販売しています。小さな町の神社でも、お正月(初詣)には必ず置いてありますが、在庫数がそれほど置いてないので、それ以外の時期に購入することは難しいでしょう。
ちなみに、全ての「御神札の有効期間」は1年間だけです。1年分の分霊だけが配布されているということです。なので、時間が経って古くなった御神札(古札)はだいたい年末か年始詣での頃に、大きな神社の奉納所(古札回収場)にお納めして、宮司がそれをお焚き上げするのです。

神棚の中で最も大事なのは、右側にお祀りする「氏神神社の御神札」です。
氏神社・産土神(うぶすながみ)とは、自分が住んでいる住所(土地)をダイレクトに霊的守護されている地域のローカル担当の神様です。
例えば、ある街や地域の橋が壊れました、電柱が折れました、学校の施設が壊れました等の対応をどこか行政機関に陳情して動いてもらう際に、いきなり国会議事堂に行って日本国総理大臣に直訴する人はいません。あるいは霞が関の国土交通省に直接乗り込む人もいません。
普通は一番身近な市役所だったり町役場や町会議員・市会議員などに陳情して、細かく具体的に手配して動いてもらうことになります。同じことが霊的世界にも言えるわけで、その地域エリアに住んでいる人々の安寧を守るために、最も身近にあれこれと働いてくださるのは、もっとも身近でローカルな神様である「氏神・産土神様」なのです。
産土神様たちは、その管轄する地域の霊的な守護の任を負っている方々なので、そこに住む人が霊的な困難(憑依や霊障)を覚えているならば、こちらから「礼を尽くしてご助力をお願いすれば」快く「清め祓いの力」を貸して下さいます。その人やご家庭の所属する宗教・宗派は全く関係ありません。その土地に住んでいるという時点ですでにご縁が発生しているのです。
なので、引っ越しや移転をしたならば、まず最初にその土地を守護されている「産土神様の神社」にご挨拶のために参拝しなさいということは昔から言われていることです。こういう霊的ルールを弁えていない日本人が現代は大変多い。だからこそ、各地で重度の霊障や憑依が増えていると言えるのではないかと思います。
産土神様の神社への参拝時に限らず、どの神社への参拝の際にも、まず自分の名前と住所をお伝えして、神様への日頃のご加護とお守りへの「感謝を伝える」ことから始めます。いきなり名乗りもせず、自分勝手な欲深いお願い(願掛け)などしません。これすらも弁えていない日本人が大変多い。
このように定期的に(月に1回~最低シーズンに1回)その地域の産土神様の神社にまめに通って、ご参拝をしてご挨拶を繰り返していると、神様にお顔と名前と住所を覚えて頂いてご贔屓にしてもらえるようになります。このように密な関係性を築いておけば、いざ困った(霊障や憑依や厄災の)時には霊的な守護・加護を与えて助けてくださるのです。
参拝もせず挨拶もせず神棚も置いてないような家庭は、氏神様からしても全く知らない人たちです。これは所属する宗教には全然関係ない事ですから、どんな宗教宗派の人であっても、実際に自分が今住んでいるローカルな土地の産土神様にはきちんとご挨拶をしておくようにしましょう。
神社の役割は「霊的な守護」が中心です
先ほど「願掛け」の話がでましたので、神社の本来の役割、神社の神様が何をしてくださり何をして下さらないのか?について正しく理解しておくべきだろうと思います。
多くの日本人は、神社と言えばお正月の初詣で「自分の願望」を伝えて願掛けする場所ぐらいにしか認識していないでしょう。本来の神社の役割を知らないのです。神社という場所は厳密には「個人の願掛け」をする場所ではありません。
そもそも各神社がなぜその場所に創建(勧請・召霊)されたのか?を考えれば分かることです。
国全体や各都道府県を「大きな人体」と見立てるならば、各神社の存在は「経絡のツボ」に位置する。「結界の要」となるポイント(要所)で、中国風水では「龍脈」「気穴」とも呼ばれる「霊的な地脈上のライン」に沿って建てられています。西洋的な言い方ではレイライン(Ley line)と言います。

国家やエリア全体の「霊的な守護」を司る結界ネットワークの1つ1つの要石(転結点)として、地方にある1つ1つの神社が機能しているのです。要所要所にあたる場所(経絡のツボのような場所)をピンポイントに定めて、そこに神様を天から召喚し霊的に守護してもらっているというのが神社の本来の起源・機能・役割です。
日本の場合は中央構造線やフォッサマグナなどを中心基軸として「大きな背骨」が定められており、さらに各地方にもっと細かなレイラインの結界ネットワークが敷かれているのです。(日本の国土全体を巨大な龍に見立てることもできます)
こういう霊的な守護ネットワーク(結界)を作っておかないと、地上世界の霊的磁場が荒れやすいからです。古代人たちはそうした霊的知識が豊かで、霊的世界を感知できるセンスがある方が多かったので、こうした事実を知った上で各地の重要ポイントに神社や寺社を的確に建てていったのです。
その一方で、現代日本では「神社や寺社」の継ぎ手(後継者)がいなくなり、各地で廃神社・廃寺が増えています。これが何を意味するかはお分かりでしょう。国土全体を守ってきた霊的結界が弱まって部分的に崩壊し始めているということです。人間はいったい進化したのか退化しているのか分かりませんね。
この神社の創設起源から考えても分かるように、神社で祀られている神様たちの本来のお役目は、人間一人一人の願望実現(願掛けに応えること)ではありません。その守護エリアの霊的な磁場を安定させ安寧な状態に保ち続ける働き、あるいは、忌み地になっている場所を浄化し続けることです。(あえて過去に忌み地だった場所を鎮めるために立てられている神社も多いです。このタイプの神社は深夜になると心霊スポット化します)
神社の神様は基本的に一人一人の「人間たちの人生や運命」に普通は深く介入しません。それは人間側の主体性をかえって妨げるからです。
各人が自分で考えて行動した結果、それが上手くいこうが失敗しようが、その全ての出来事を「魂の学び」(経験と学習材料)にするために輪廻転生して生まれてきているのですから、外から勝手に介入して人生行路を大きく捻じ曲げたり、願望を力任せに何でも叶えたりすることはしません。特に地域ローカルを担当している産土神様たちにとっては、そうした個人の人生の願い事など本来まったくの担当外なのです。
一方で、ローカル担当の産土神様ではなく、もう少し「専門分野に特化した神様」を祀った神社もあります。
商売繫盛や農業豊作であれば稲荷神社が有名ですし、学問や試験については天満宮が有名ですし、勝負事やスポーツなどには武人を祀った神社が、恋愛結婚など縁結びは大国主命(出雲大社)が得意としています。
こうした神様は「特定の恩恵」を人間社会に広く与えて助力する役割を担っている方々なので、個々人の願掛けを比較的よく理解して助力してくださる可能性が高いです。
ですから、ご自身の職業や専門分野に関係するような神社の神様との繋がりも大事です。これを「崇敬神社」と呼びます。いわゆる「個人的な推しの神様」です。「神棚の左側」に御神札をお祀りするのがこうした神社です。
ただし、こうした専門的な恩恵を人々に授与してくださる役割の神様たちも、先ほどと基本的には同じスタンスです。個々人の人生に強制的に介入したり、本人の主体性・責任性や自助努力を損なうような仕方では関与しません。
神様がしてくださるのは、本人の努力に基づいた最後のちょっとの後押しだったり、人と人、企業と企業の見えないご縁を結んだりといった見えないところでの裏からの助力が中心です。(自力と他力の関係性とは通常そういうものです)
そして、何よりも重要なことは「お礼参り」をきちんと行うことです。
正月に「願掛け」したままで放置、結果がどうであれあとは神社のことすら忘れている、というような姿勢の人ばかりです。身勝手な願望・欲望だけを伝えておきながら、何の報告も感謝も伝えないというのは大変な非礼に当たります。
また目的が達成したり、願掛けの必要性が無くなれば、それもご報告して「願解き」(解除)を申し出るべきです。そうした当然の作法を弁えていない人ばかりです。

